ウルトラQ「2020年の挑戦」論 〜宇田川警部ケムール人説〜 深読み特撮

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ウルトラQ』第19話「2020年の挑戦」論

執筆2019年12月13日

初出

ウルトラQ』第19話「2020年の挑戦」
監督 飯島敏宏
脚本 金城哲夫、千束北男
放送 1966年5月8日(日)19:00〜19:30


 2020年の到来を記念して、『ウルトラQ』第19話「2020年の挑戦」を論じることにした。まず、簡単に本編のストーリーを紹介しよう。

本編あらすじ

 時は現代。正体不明の飛行物体が出現し、出動した哨戒機二機がそれによって破壊されるところから幕が開ける。天野二等空佐は事の一部始終を報告するも、高官らによって「お伽噺」と一蹴され解任を受けてしまう。
 一方、各地で謎の人間消失事件が連続発生しており、別件を取材中であった江戸川由利子は偶然人間消失の場面を目撃する。江戸川は毎日新報の関デスクに報告するもなぜかまともに取り合ってもらえない。

 かくして、冷遇を受けた天野二等空佐と江戸川由利子の二人は、星川航空の万城目淳の協力を仰ぎ一堂に会す。天野と万城目が哨戒機の事故現場を探索している時、スライム状の物質が出現。それに触れた万城目は消失してしまう。また、人間消失の瞬間を撮影したフィルムを現像しようとした江戸川由利子もすんでのところで消失の危うき目に遭うが、代わりに割り込んできたカメラマンが消失する。
 以上の報告を受けて、まがりなりにも捜査が開始される。ただし、報告者である天野二等空佐と江戸川由利子の社会的信頼度の低さから、警察は宇田川警部を一人派遣するのみ。宇田川警部はどことなく頼り無げな人物なのであった。

 その頃、戸川一平は一連の事件が神田博士という人物が著した『2020年の挑戦』という本の記載通りに発生していることに気付く。この神田博士は妄想と現実を一緒にして発表するなどしたために「キチガイ博士」と言われ社会的信頼を失って精神病院に入れられている人物であった。
 電話ボックスで一平と通話している江戸川を再び消失スライムが襲うが、間一髪のところで宇田川警部が助け出す。直後にケムール人が姿を現し、走り去ってゆく。この時明らかになるのは、宇田川は神田博士の親友であり、また神田博士を精神病院に入れた当の本人でもあるということだ。そして消失を受けた人物は2020年という時を持つケムール星に電送されるということであった。

 二度の危機を回避した江戸川であったが、ふと目を離した瞬間についに消失させられてしまう。次に江戸川が気付いた時、そこは電飾があでやかに輝く不気味な遊園地であり、万城目に化けたケムール人が江戸川を襲う。駆けつけた宇田川警部と警察隊はケムール人を狙うものの、巨大化したケムール人に手も足も出ない。
 丁度その頃、天野と一平は神田博士の研究所で「Xチャンネル光波」を発生させる装置「Kミニオード」を発見。東京タワーを利用して巨大な「Xチャンネル光波」を発生させると、それを受けたケムール人は倒れ、自身に消失液を噴射して消滅する。同時に消失していた人間達が帰還し、万城目と江戸川は再会を果たす。
 物語の落ちは、地面に残っていた消失スライムに足を付けた宇田川警部が消失してしまうというものだった。

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スーツアクターは古屋敏。鳴き声はマタンゴの流用。スーツは後のゼットン星人に改造される。

本論

 どちらかというとコメディタッチでテンポよく展開される本回は今観ても面白い。怪奇あり、スリルあり、破壊シーンありといった盛り沢山さはこれぞ『ウルトラQ』と言える良回である。成田亨によるケムール人のデザインも秀逸で物語の魅力を高める一因となっている。

 このように通して観ると面白く満足した感想を得られるのだが、しかし一方でどこかしら非現実的な雰囲気が終始漂っており、他の回とは違った奇妙なロジックを随所に見出すことができる。

 たとえば、天野二等空佐と江戸川由利子が不条理な疎外に遭っていることが挙げられる。正体不明の飛行物体はレーダーによって捉えられ、しかも哨戒機二機が撃墜(消滅)させられるという事件が発生しているにも関わらず天野はまるで空理空論を話してでもいるかのように扱われ解任までされてしまう。江戸川由利子の場合も同じである。デスクに電話すると理由もなく怒鳴りつけられて一向に取り合ってもらえないし、更には人間消失の決定的瞬間を捉えた証拠写真がありながら、それがまともな捜査に繋がるほどの信頼をもたらさない。

 あるいは、今や放送禁止ワードとなった「キチガイ」という言葉が幾度となく使われていることも本作の特徴である。ケムール人と交信を行った神田博士は「キチガイ博士」呼ばわりされている他、「Xチャンネル光波」を発生させるべく東京タワーに向かう天野と一平も警察の同行が無ければ「キチガイ病院に電話されるだけ」などという発言を行っている。どうやら、この世界ではケムール人と関わった人物はどんな理由にせよ徹底的に排除を受ける運命にあるらしい。それはまるで人々がケムール人という奇妙な存在のことを意図的に無視しているようでさえある。


 ここに一つのテーマを見出すとすれば、「社会的信仰」の問題だろう。社会は日常を保持するために知識の取捨選択を行っている。日常や常識を脅かすものに対しては、存在しないものと決め込んで見て見ぬ振りをする。日常を生きようとする者は、自らの存在基盤を揺るがすような事態に接した場合、懸命な努力によって事実を改変し「何もなかった」ことにしてしまうのである。この世界において「ケムール人」は決して触れてはならないご法度としてある。日常を脅かす関わりたくないもの、目をつぶってしまうものだ。それを真っ向から取り上げて声高に叫ぼうものならたちまちに社会的疎外に遭うことになる。ケムール人のことを言う人間は「存在しない人」か「キチガイ」として追放を受けてしまうのだ。

 本作はそのように社会的疎外に遭った人間達の勝利を描いていると見ることができる。すなわち、「信じてもらえない」天野二等空佐、江戸川由利子、神田博士、一平らの孤独な尽力によりケムール人撃退が達成されることで「疎外された人間たちの復権」が成就すると見るのである。


 ところが本作にはそれだけでは語りきれない謎がまだまだ内包されている。その一つに、タイトルにもなっている『2020年の挑戦』という、作中に登場する予言の書の存在がある。この書物について、星川航空の戸川一平は次のように説明する。

全ての事件がこの本に書いてある通りに起こっているんだ。全く同じなんだぜ。しかも神田博士はこれは小説ではなく、Xチャンネル光波を研究している時にケムール人と交わしたテレパシーの記録だと言っているんだ。


 ここでいう「全ての事件」とは具体的にどこまでを指すのであろうか。この時点で発生している事件として確実なのは、冒頭での未確認飛行物体の飛来、哨戒機二機の撃墜(消滅)、プールでの山内選手の消失、日暮高原の山荘での青年の消失、ゴーカート乗車中の女性モデルの消失、高速一号線でスポーツカーの置きっぱなし事件、現像室で友田、渡辺の消失(江戸川消失未遂)、ヘリ操縦中の万城目の消失だ。

 また、『2020年の挑戦』の表紙に電話ボックスで悲鳴を上げる女性の写真が使用されていることからして、その本は江戸川由利子が電話ボックスで襲われることまでをも予言していると見てよいだろう。そのほか、『2020年の挑戦』に記述があると判断できる情報についてまとめると以下の通りになる。(括弧内は言及者)

  • 「消去エネルギー源」は可燃性で、ケムール人の意志力で運動している。(一平)
  • 消失された人間はケムール星、現在2020年という未来の時間を持つ星に送られている。(宇田川)
  • 電送のメカニズムは写真の電送に近い。消去エネルギー源に触れた瞬間に電送が行われる。(一平)
  • 医学の驚異的な発達で内蔵移植・人工血液・特殊再生素が発明され500歳の寿命を得た生物が唯一止めることのできない肉体の衰えを解決するために地球人の若い肉体に目をつけた。(一平)


 以上のことから判断して、『2020年の挑戦』には未来に起こる出来事の詳細な予言的記述と、ケムール人にまつわる情報が記載されていることが予測できる。なぜこのようなものを、ケムール人は神田博士にテレパシーで伝えたのか、という疑問もさることながら、未来を知悉しているはずのケムール人がなぜ敗北を喫したのかということも大いに疑問となる。ケムール人の予想に反する出来事が発生したためか、もしくは、本に記されている目的とは異なる裏の目的があったのか。だが、それ以前にケムール人は本当に敗北したのだったか……?


 本作の不可解なことの一つに、江戸川由利子がなぜ本に書いてある通りケムール星に電送されなかったのかという点がある。江戸川の電送のシーンは直接描写されていないが、消失の直前に消去エネルギー源から発生するハミング音が聞こえることから、ケムール人によって消失を受けたと考えてまず間違いないだろう。ところが次に江戸川が気が付いた先は地球上、しかも日本の遊園地と思しき場所であり(実際のロケ地は旧後楽園遊園地)、そこには宇田川警部ほか警官らが駆けつけて来るし、東京タワーから発せられた「Xチャンネル光波」が直接その場に届いている。まずもって江戸川消失前と変わらぬ「現在」の地球上だと思われるのだが、敢えてここで江戸川が伝送されたのは「現在の地球」ではなく「2020年のケムール星」だったと仮定してみたい。

 そのように仮定した場合、ケムール星というものが地球とは全くかけ離れた異星ではなく、一種の地球の可能世界・パラレルワールド的なものだと考えた方が妥当であろう。そこには地球とそっくりな土地や街が存在し、宇田川警部や警官といった人間も居る。だが、時間は「2020年」であり住人は皆「ケムール人」なのだ。この考えがあながちトンチンカンではない証左として「2020年」という時間概念が極度に地球的であることや、電送先に現れた万城目が実はケムール人であった=人間体に変身できるということが挙げられると思う。「Xチャンネル光波」に関しては、それが次元を超えて別世界にも届く特殊な電波だと考えれば説明が付く。実際に、ケムール人は「Xチャンネル光波」研究中の神田博士にテレパシーで交信を行ったのだ。「Xチャンネル光波」がケムール星と連絡を取る手段である可能性は十分にある。人間電送は写真の電送と似たようなメカニズムで行われる、との言及があったことも忘れてはならない。

 だとすればだ、一見ハッピーエンドのように思えた結末は全く違った様相を呈することになる。拐われた江戸川を始め万城目達はケムール星から帰還できず、肉体はケムール人によって利用されることになるだろう。救われたかのように思われた人間たちは、あのあでやかに輝くめまいのするような不気味な世界から一生逃れられない運命にある。

 しかしケムール人は「Xチャンネル光波」を受けて悶絶し消滅したではないか、と思われる方もいるだろう。だがどうだろうか、物語の「落ち」の部分で宇田川警部が足を付けた消去エネルギー源は未だ効力を持っていたではないか。その事実は、巨大ケムール人の意志力が現存していることを意味しており、ケムール人は敗北したのではなく、敗北して「見せた」だけに過ぎない。確かにケムール人は自らに消去エネルギー源を振りかけて消えていった。しかしそれは単にケムール星上のどこかに移動しただけなのではないか。

 さて、この論理のまま行くと遊園地に駆けつけた宇田川警部達もケムール人だという理屈になってしまう。そしてそれはその通りなのである。

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 江戸川電送後の宇田川警部の言動を順を追って確認してみよう。

①江戸川が電送された先を知っていて、警官を連れてパトカーで駆けつける。
②万城目がケムール人の変身であることを知っており、江戸川に注意を促す。
③ケムール人の頭を狙わなければならないと指示する→宇田川が銃撃するとケムール人は巨大化する。
④万城目に再会した江戸川が逃げるのを見て笑う。
⑤自ら消失液に足を付けて消える。

 ケムール人しか知り得ないこと――江戸川の電送先、万城目の変身――を宇田川警部は知っている。また、表向きはケムール人撃退に加担しておきながら、ケムール人の巨大化=強化を促したのは紛れもなく宇田川警部本人なのである。これらは彼がケムール人であると考えれば納得のいく事柄である。万城目に再会した江戸川は、再び万城目がケムール人に化けるのではないかと恐れて逃げ出す。物語当初は「信じてもらえない」=「疎外される側」の江戸川だったが、この時には万城目を「信じない」=「疎外する側」の存在へと変貌していた。人間はお互いをも信頼できない状況に追い込まれていた。それを見て笑う宇田川警部は、自らの計画の成就を高らかに謳歌するケムール人だったというわけだ。勿論、「落ち」で宇田川警部が消えても何ら問題はない。巨大ケムールと同様、ただ母星の別の地点へと移動しただけなのだから。

 そういえば、まだ地球に居た時に宇田川警部が「ヨボヨボのおじいさん刑事」という言葉に敏感に反応したことを考えると、もしかすると最初から宇田川警部はケムール人だったのではないかという疑念すら湧いてくる。なにせ、ケムール人は「500歳」の高齢生物であり、その肉体の衰えを嘆いていたのだから。そう思うと、宇田川警部は実に怪しい。ケムール人事件の担当者として唯一人派遣されてきたこと、謎の通信機器を手にしており、消去エネルギー源やケムール人の気配がすると機器を弄りだすこと……。手にした機器でケムール星と連絡を取り、江戸川由利子をケムール星に電送したのは、実は宇田川警部だったのではないか。神田博士を精神病院送りにしたのは誰であったか、もはや言うまでもない。「2020年の挑戦」は一分の狂いもなく成就したのだ。


 江戸川百合子の電送先を「2020年のケムール星」と仮定することで、以上のような解釈が可能になった。いささか深読みに過ぎるところもあるだろうが、本編をより面白く観るには丁度よいような気もする。

 一見すると「疎外された者達の勝利」をテーマとする物語のようだが、結末部分の解釈を曖昧にすることでハッピーエンド・バッドエンドの両義性を獲得しており、それが幻想的な不気味さとなって雰囲気をなしている。現実に忍び込む異常はそのまま画面をすり抜けて我々の日常にまで侵入してくる。来る2020年、我々は人間の肉体を得たケムール人であることが分かるかもしれない……。

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